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最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ウ)157号 判決 1995年6月08日

上告人 越山康

被上告人 東京都選挙管理委員会

代理人 石川利夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

一  選挙権の平等と選挙制度

1  法の下の平等を保障した憲法一四条一項の規定は、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず(四四条ただし書)、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解すべきである。

しかしながら、憲法は、国会の両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであって(四三条、四七条)、投票価値の平等は、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準というべきではなく、原則として、国会が具体的な選挙制度の決定に当たって正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものである。

2  平成六年法律第二号による改正前の公職選挙法は、衆議院議員の選挙制度としていわゆる中選挙区単記投票制を採用していた。この制度の下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるというべきであるが、それ以外にも考慮されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等があり、また、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかという点も考慮され得べき要素の一つである。このように、選挙区割と議員定数の配分の具体的決定に当たっては、種々の政策的及び技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。

右の見地に立って考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存在し、あるいはその後の人口の異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の裁量権の合理的行使の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法の選挙権の平等の要求に反している状態であると判断されざるを得ないものというべきである。

3  以上は、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三頁。以下「昭和五一年大法廷判決」という。)、最高裁昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一二四三頁。以下「昭和五八年大法廷判決」という。)、最高裁昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁。以下「昭和六〇年大法廷判決」という。)及び最高裁平成三年(行ツ)第一一一号同五年一月二〇日大法廷判決(民集四七巻一号六七頁。以下「平成五年大法廷判決」という。)の趣旨とするところである。

二  本件議員定数配分規定の合憲性

1  平成五年七月一八日に施行された第四〇回衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)は、平成四年法律第九七号(以下「平成四年改正法」という。)により改正された公職選挙法の衆議院議員定数配分規定(同法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし一一項。以下「本件議員定数配分規定」という。)に依拠したものであるが、本件選挙の施行当時、本件議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の較差は、最大一(愛媛県第三区)対二・八二(東京都第七区)となっている(以下「本件最大較差」という。なお、較差に関する数値は、すべて概数である。)ところで、平成四年改正法による改正前の公職選挙法の衆議院議員定数配分規定によって最後に行われた平成二年二月一八日施行の衆議院議員総選挙当時における右選挙人数の較差は最大一対三・一八であり、これに対しては、平成五年大法廷判決において、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものであるとの判断が示されており、また、その後の平成二年一〇月に実施された国勢調査によれば、選挙区間の議員一人当たりの人口の較差は最大一対三・三八に拡大するに至った。国会は、第一二五回国会において、議員一人当たりの較差が特に著しい選挙区について、定数の増員、減員及び選挙区の区域の変更を行う等のいわゆる九増一〇減等を内容とする平成四年改正法を成立させるに至ったのであり、この改正の結果、本件議員定数配分規定の下において、右平成二年の国勢調査による人口に基づく右較差は最大一対二・七七となり、そして、本件選挙当時には本件最大較差(一対二・八二)を生ずるに至ったものである。以上の事実は、原審の適法に確定するところである。

2  右の原審の適法に確定したところによれば、本件選挙の施行当時、右較差が示すような選挙区間の投票価値の不平等が存在するが、これは、平成四年改正法の成立に至るまでの経緯に照らせば、選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙制度の下で、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているとまではいうことができず、そうすると、本件議員定数配分規定は憲法の選挙権の平等の要求に反するものではない。

以上のように解すべきことは、昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決が、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正の結果、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく較差が最大一対四・八三から最大一対二・九二に縮小することとなったこと等を理由として、昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は右改正により解消されたものと評価することができる旨を判示し、また、平成五年大法廷判決が、昭和六一年法律第六七号による公職選挙法の改正の結果、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく較差が最大一対二・九九となり、その後、昭和六一年七月六日施行の衆議院議員総選挙当時の右選挙人数の較差が最大一対二・九二となったこと等を理由として、昭和六〇年大法廷判決によって違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は右改正により解消されたものと評価することができる旨を判示した趣旨に徴して、明らかであるというべきである。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨はすべて採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官高橋久子、同遠藤光男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官高橋久子、同遠藤光男の反対意見は、次のとおりである。

私たちは、本件選挙の施行当時において本件議員定数配分規定が憲法の選挙権の平等の要求に反するものではないとする多数意見に賛成することはできない。その理由は、次のとおりである。

憲法一四条一項は投票価値の平等を要求しているが、投票価値の平等は、選挙制度決定のための唯一、絶対の基準ではなく、他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであること、いわゆる中選挙区単記投票制の下においては、選挙区割と議員定数の配分を決定するについて選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるが、それ以外にも考慮されるべき要素があり、議員定数配分規定の合憲性は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決すべきものであること、投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法の選挙権の平等の要求に反している状態であると判断すべきであることについては、私たちも多数意見に同調するものであり、意見を異にするものではない。

しかしながら、多数意見が、右のような考え方に立ちながら、本件最大較差(一対二・八二)が示す投票価値の不平等が憲法の要求に反するものではないとした点には、賛成することができない。

代議制民主主義体制を採る憲法の下においては、代議員たる国会議員を選出するための投票権が平等に与えられ、かつ、これを自由に行使し得ることが必要不可欠の要請というべきである。このように考える以上、具体的な選挙制度の決定に当たっては、投票価値の平等こそが、何より重要視されるべきであり、他の要素、つまり政策的目的ないし理由との関連において考慮されるべき非人口的要素は、あくまでもこれを補正するためのものにすぎないのであるから、この種の非人口的要素を投票価値の平等以上に重視することは許されないといわなければならない。すなわち、選挙区割と議員定数を決定するについて、厳格に前記比率の平等の原則を貫き、選挙区間の議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差を一対一ないし実質的にこれと同視すべき範囲内にとどめるべきであるとまではいえないが、右較差が一対二を著しく超えることになれば、実質的にみて、投票価値平等の要請よりも、むしろ非人口的要素を重視したことにほかならないことになる。したがって、これによる補正は、右較差が一対二ないしこれに限りなく近い数値にとどまることを限界としてのみ考慮することが許容されるにすぎないと解すべきである。

ところで、公職選挙法制定後の最大較差の推移をみると、昭和二五年四月の制定当時には一対一・五一であったものが、昭和三五年一〇月の国勢調査の時点では一対三・二一に拡大し、昭和三九年七月の同法改正により一対二・一九にまで縮小されたものの、その後の国勢調査時、総選挙施行時、同法改正時のいずれを取ってみても、これを下回ったことはないのみならず、平成四年一二月の同法改正により一対二・七七になったのが最も小さい数値であって、その較差が一対五程度に及んだ時期もあり、本件選挙当時には一対二・八二になっていたものである。したがって、昭和三九年七月の改正時の一対二・一九という較差は、一対二に極めて近いものであって、必ずしもこれを違憲と断定し得るものとは考えないが、その後の較差は、いずれも一対二をはるかに超えるものであって、到底憲法の要求を満たしているとは考えられないものである。

また、平成六年法律第二号による改正前の公職選挙法別表第一が、五年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によって同表を更正するのを例とすると定めていたにもかかわらず、較差是正のための改正は、前記昭和三九年の改正後、昭和五〇年七月、昭和六一年五月及び平成四年一二月に行われたにとどまり、国会がその責務を十分に果たしてきたものとはいい難い。

これらの諸点にかんがみると、本件選挙当時における本件最大較差(一対二・八二)は、私たちの考える前記限界をはるかに超えるものであり、したがって、憲法の選挙権の平等の要求に反する状態にあったと判断せざるを得ない。また、このような状態が少なくとも三〇年近くの長きにわたって継続していたのであるから、国会に認められた是正のための合理的期間をはるかに超えていたことは明らかであり、本件定数配分規定は憲法に違反するものであったというべきである。

以上のように、本件議員定数配分規定は違憲であるが、これに基づいて行われた本件選挙の効力を直ちに無効とすべきものではない。本件選挙の効力を否定しないことによる弊害、本件選挙を無効とする判決の結果一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合、その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、本件は、いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法三一条一項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して、本件選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避すべき場合に当たるものと考えられる。したがって、本件においては、主文においてその違法を宣言するにとどめ、本件選挙を無効としないこととするのが相当であると考える。

(裁判官 高橋久子 大堀誠一 小野幹雄 三好達 遠藤光男)

上告理由

(主位的上告の理由)

一 原判決は、争点に対する判断において、まず「選挙権の平等と国会の裁量権」という項を設け、そこで議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟(以下、「定数訴訟」といいます。)に関する原審の基本的な考え方は、すでに示されている御庁の判例の趣旨と異ならないとしたうえ、「本件議員定数配分規定の合憲性」という項を設け、そこでは、<証拠略>によって行なった昭和六一年法律第六七号の公選法の改正(議員定数の配分につきいわゆる八増七減の措置をとったもの)から本件改正である平成四年改正法の改正(いわゆる九増一〇減の措置をとったもの)に至るまでの間における国会の対応に関する事実認定に触れています。

二 そして、当上告人が、議員の定数配分に当たっては、非人口的要素を考慮すべきでなく、全国の国勢調査人口を議員総数で除して得た議員一人当たりの人数を基準にすべき旨を主張した点を排斥するに当たっては、「平成四年改正法は、……専ら当面の較差を是正するために、議員一人当たり人口が多い方の上位九選挙区につき定数増、少ない方の上位一〇選挙区につき定数減をしたものであって、その限りでは極めて単純かつ機械的な方法によった暫定措置である。国会がそれ以外の非人口的要素を考慮して配分を行ったというものではない。そして、昭和六一年改正の際に行われた前記の定数是正に関する決議は、衆議院が立法府としての立場で自らの適切妥当な立法権の行使についての決意を表明したものであり、重い政治的意味を有するというべきであるが、前記1(二)で認定した平成四年改正までの経過と、議員定数の配分が複雑多様な考慮要素と影響をもつという事柄の性質に照らして考えると、昭和六一年の改正から平成四年改正に至るまでの間の国会の対応が、先の定数是正に関する決議を無視して抜本改正の検討を怠りこれを放置してきたとまで断じるのは、当を得ないというべきである。右の事情の下では、国会が今後さらに抜本改正のための検討を続けることを前提として、当面違憲状態とされるまでに拡大した較差の現状を是正するための暫定措置を講じることとしたことをもって、立法裁量権の行使として是認する余地のない不合理なものであるということはできない。」としています。

(一)なるほど本件改正に当たっては、原判決のいうような「機械的」な方法が用いられはしました。

しかしながら、機械的操作に基づく措置であるとの一事だけでは、それが必ず適正妥当な是正措置に該当するということの保障にはなりません。当上告人は、本件において、右のような機械的方法を用いるところにこそ、不適切極まる選挙区定員の差替えもしくは交換が行なわれていたことを攻撃していたのでした。

(二)さらに原判決は、昭和六一年の法改正から平成四年の法改正に至るまでの間における国会の対応が前者の時点で行なわれた定数是正に関する附帯決議を無視して抜本改正の検討を怠りこれを放置して来たとまで断じるのは、当を得ないと強弁しています。

しかしながら、この点に関する原審の歴史認識は世人をして唖然とさせるに足りるものとしかいいようがありません。

つまり、すでに触れた附帯決議および本件改正法趣旨の内容を総合して判断すれば、本件改正法の立法目的は、専ら平成五年一月二〇日の大法廷判決によって違憲状態にあったと断定された投票価値の不平等をもたらすにいたっていた議員定数配分規定を、抜本改正までの間、緊急、かつ暫定的に是正しようとするところにあることが認められます。すなわち、少なくとも衆議院は、当時の衆議院議員定数配分規定が選挙人の投票価値の不平等の故に違憲状態にあると断定されたことおよびその更正の基礎とされるべき平成二年国勢調査の確定人口が平成三年一一月二九日に公表されたことに鑑みて、衆議院議員の定数配分の是正について第一段階として応急処置を施し、来たるべき第二段階である次の国勢調査の確定人口の公表後の抜本是正に備えることにしたものと判断できないではありません。

したがって、この緊急暫定的な是正という立法目的には、その動機と意図に照らす限りにおいて、あながち合理性がないとまではいえないと思われます。

しかしながら、この「緊急暫定的」な是正措置は、実は単なる名目に過ぎないものであって、到底是認することはできません。けだし、この無慮四五年間にわたる衆議院議員定数配分規定の改正をめぐって国会が行なってきた処理が、その都度、自らの公約を破り、国民を欺きつづけたという歴史上の事実に徴するとき、本件改正法が「緊急暫定措置」に藉口して、またぞろ「居直り措置」を講じるにすぎないものであることが明らかであったからです。

いわゆる定数是正の目的の下に行なわれた法改正は、昭和三九年法、昭和五〇年法、昭和六一年法および本件改正法による各改正ですが、これらはいずれも「暫定措置」とされながら、その実、本来の「更正」、すなわちいわゆる「抜本是正」を免れる常套手段とされてきたことは明らかというべきであり、したがって本件改正法が、まずその手段および措置において、立法目的である緊急暫定性と実質的に関連しないものであることは明らかであると断ぜざるを得ません。

かりに本件改正法の立法目的に合理性が認められるとしても、さらにその内容に目的を達成する手段としての実質的な関連性もしくは合理性を認めることができないことは後に触れるとおりです。

(三)右の二点はいずれも採証法則の適用を誤ったため判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認、ひいては審理不尽、理由不備の違法を主張する論拠です。

三 違憲判断の尺度として人口比(人口較差)を主座に据えた衆議院「定数訴訟」は、今やすでに主流を形成していないのが現状であるように見受けられます。

しかし、いわゆる人口較差論の展開によったものをもってこの種の訴訟における違憲判決の嚆矢とする経緯も与って力あるのか、御庁はいまだ人口較差論一辺倒の趣きすら漂う手法をもって衆議院「定数訴訟」の処理に当たっています。

実は、御庁大法廷判決によって「投票の価値」の平等がわが憲法上の要請であることが初めて宣明されて程なく、当上告人は、いわば「一票等価」の原則の原理的な筋道を明らかにしながら、裁判所に主張を述べる機会を得たことがありました。今を去る一六年余のことであり、いささか面映い気もしますが、今に変わらぬ当上告人の主張でもありますので、この書面の末尾に「資料」として添附し、ご一覧に供します。

なお、右にいう「資料」とは法律時報五二巻六号(昭和五五年六月号・日本評論社)に登載の芦部信喜・京極純一両教授の対談「選挙をめぐる法理と条理」であり、そのうち「議員定数不均衡問題」の項中、とりわけ一二頁最上段から最下段の各末あたりに見る両教授の遣り取りを対象にされることを希望します。

四 違憲審査の基準は何か。

(一)本件における議員定数配分の問題は、衆議院議員がすべての選挙区に平等に配分されているかどうかの問題です。したがって、この問題を、国会の政策的な配慮という枠内で、ただ単にその極端なものだけの違法性を争う趣旨のものと誤解してはならないと思います。

本件において最も肝要な事項は、憲法原則としての「平等選挙」という観点から、いわゆる中選挙区制における衆議院議員定数配分規定を、厳しく見据えることです。

われわれは、これまでにこの問題に関する原理的な筋道を明らかにしてきました。すなわち、「平等選挙」原則の規範的特質は、論理必然的に「一票等価」についての厳しい基準を要求するものであることを論証しました。

そして今、本件についての違憲判断の基準を立法(法改正)時における場合とそれ以外の場合とに分けて明確にしようと思います。

(二)まず立法(法改正)時における違憲判断の基準は、原審において述べたとおり、「取り分制約」と「不可逆転」の原則が守られているかどうかでなければならないと思います。そしてその不遵守については、正当事由が国側、すなわち本件では被上告人側において立証された場合に限定して認められるべきものと思います。

ついで立法(法改正)時以外の場合における違憲判断の基準は、「取り分制約」が守られていることに尽きるものと思います(なお、その不遵守は、前記の場合と同様です)。

これらの違憲判断の基準は、大(中)選挙区制を採用した以上、当然に守られなければならない議員定数(議席)配分に関する憲法上の要請の具体化にすぎません。ここでの立法府の裁量は、例えば最大剰余方式にするか、過半数剰余方式にするか、またはその他の方式を採用するかというような右の二つの条件を踏まえたうえでの具体的な配分方式の選択にのみ認められるにすぎないものであると思われます。

(三)仮にそうでないとしても、原判決摘示の「原告の主張」に掲げられた「<表3―1>新規定制定後(定数五一一)選挙区別過不足議員数一覧表(過不足順)」によれば、議員の適正配分という見地からは、

(1)まず「三人不足区」である、北海道一区および東京一一区の二区、

(2)ついで「二人不足区」である神奈川二区、千葉一区、東京七区、千葉四区、神奈川四区、福岡一区、兵庫二区、大阪四区、京都二区、埼玉四区、大阪三区および愛知二区の一二区、

(3)さらに「一人不足区」である神奈川三区、埼玉二区、宮城一区、大阪七区、大阪五区、神奈川五区、神奈川一区、東京一〇区、愛知四区、埼玉五区、埼玉一区、愛知三区、広島一区および兵庫一区の一四区、

そのそれぞれについて行なわれた各配分不足の事態の是認が違法ではないと判断するに足る理由が示されるべきであり、

(4)併せて「一人過剰区」である福島二区、新潟三区、島根全県区、高知全県区、徳島全県区、山口二区、京都一区、山梨全県区、長崎二区、栃木二区、鳥取全県区、福岡三区、佐賀全県区、広島三区、千葉三区、愛媛三区、広島二区、香川二区、長崎一区、岡山一区、鹿児島二区、北海道四区、熊本二区、山形一区および長野二区の二五区についても、そのそれぞれ行なわれた配当過剰の事態の是認を違法ではないと判断するに足る理由が示されるべきであると考えます。

したがって、これらの点に関するわれわれの言及・論証にもかかわらず、原判決が敢えてこれに目を覆って漫然と旧来の御庁判例に拠ったとする点は、理由不備もしくは理由齟齬の違法があることに帰し、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、違憲立法審査の職責を放棄したものとすらいえましょう。

けだし、われわれは、原審において本件改正法の立法目的および立法目的達成手段の非合理性を示すための事実のデータを提出しましたが、これに対して原審がこれらのものやいわゆる「司法的確知」に依拠することによってたんに事実の存在だけではなく、妥当性をも審査しなければならないのは職責上当然であり、立法を支える何らかのデータが存在しさえすれば、反対のより確実なデータが提出されてもすでに立法の合理性が証明されたと考えることは到底許されないからです。

(予備的上告の理由)

一 昭和五一年の御庁大法廷判決は、わが憲法九八条一項について、「この規定は、憲法の最高法規としての性格を明らかにし、これに反する国権行為はすべてその効力を否定されるべきことを宣言しているのであるが……、憲法に反する法律は、原則としては当初から無効であり、また、これに基づいてなされた行為の効力も否定されるべきものである」として、同条項から違憲の法律の当初無効を導き出しながら、さらに「右のような解釈によることが、必ずしも憲法違反の結果の防止又は是正に特に資するところがなく、かえって憲法上その他の関係において極めて不当な結果を生ずる場合には、……おのずから別箇の、総合的な視野に立つ合理的な解釈を施さざるをえない」として、その当初無効という原則が適用されない事例を承認しました。

二 そもそも法律の違憲性という要件事実に結びつく「無効」という法律効果の内容は、論理演繹的な必然性をもって一義的に与えられるものではありません。したがって、違憲の法律が、ある場合には憲法抵触の当初から無効とされ、また他の場合には将来に向かって無効とされると解しても、不都合は生じません。けだし、ここでは、憲法抵触がいかにすれば適切に治癒されるかという観点からの考究こそが必要であり、違憲の態様に応じた内容を「無効」に盛ることが考えられるべきだからです。

本件事案においても、衆議院議員の定数配分規定の憲法抵触という事態が立法府と司法府との、いわば協働によって、最終的には除去できるという現実的な対応が無効の「内容」に盛られるべきものと思います。この司法府に固有の現実的な対応という要請は、違憲の法律の「当初」無効原則を打破し、違憲判決の新形式を生み出す必然性を持っているように思われます。とりわけ、議員定数配分規定については、あくまでも立法府に対する憲法の優位性を貫きながら、なおかつ立法府の法改正の意欲を高める手法の発見が急務ではないかと思われます。そこでわれわれは、明白な違憲性にもかかわらず、立法府の立法準備のため必要な期間の経過するまでの間、違憲の法律に基づいて行なわれた本件選挙の無効宣言の効力を停止させることなどを求める次第です。

本件は、代議制民主政治の根幹にかかわる憲法訴訟です。ここで争われているのは、御庁大法廷がいみじくも指摘した「選挙人の政治的価値の平等」というわが国政において最も重大な事項についてです。

それゆえにこそわれわれは、あえてこの問題の基本点から説きおこし、原判決が根拠とした御庁大法廷判決のもつ疑問にまで及ばざるを得ない次第です。われわれは、御庁が本件を大法廷に回付され、大法廷における判例の変更を切に望むものです。

以上

(添付書類省略)

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